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男女共同参画
活躍する女性研究者・技術者-1 「気がつけば鉄鋼業に」
活躍する女性研究者・技術者-1 「気がつけば鉄鋼業に」
杉浦夏子
Natsuko Sugiura
新日本製鐵(株)鉄鋼研究所鋼材
第一研究部 主任研究員
私は現在千葉県富津市にある新日本製鐵(株)・鉄鋼研究所で研究開発を担当しています。鉄鋼業というと、元々女性の少ない理系分野の中でもとりわけ女性の少ない業界の様に思います。そんな業界にわざわざ飛び込むとは何かよほどの大志があってのことか、それともかなりの変わり者かと思われる向きもありますが、少なくとも前者ではありません。偶然に身を任せ興味の赴くままに進路を選択して行ったらここにたどり着いてしまったというのが正直なところです。
金属材料との最初の出会いは大学時代でした。奈良女子大学大学院理学研究科・物理学専攻・金属物性物理学研究室で鈴木俊治教授のご指導の元、Au-Cd合金のマルテンサイト変態挙動の解明というテーマに取り組みました。小さな女子大ですから実験はもちろん、装置の管理や力仕事も当たり前のように自分達でやっていましたし、研究室で、時には駅前のドーナツショップで、はたまた居酒屋で、稚拙ながらもずいぶん白熱した議論を重ねました。ジェンダーを意識する必要なく、のびのびと研究にいそしむことができた研究室での3年間の経験は私の原点であり、その時に得た友人の多くが、今もそれぞれの職場で仕事と家庭の両立に奮闘しつづけてくれていることが、現在の私の活力源にもなっています。
大学で材料物性のおもしろさに接する機会を得たこともあり、材料関連の仕事につきたいという漠然とした思いはありましたが、特に鉄鋼に対する思い入れはありませんでした。そんな私が鉄鋼メーカーを選んだきっかけは、就職活動の際の熱延工場見学であったように思います。そのスケールの大きさ、遠く離れた見学通路にまで感じられる熱気、とにかく五感にストレートに「“ものづくり”してます!」と訴えてくるその迫力に、単純に「すごいなぁ、おもしろいなぁ」と感じました。製鉄所での研修期間を含め、文系理系問わず何度か他の女性と一緒に製鐵所を見学しましたが、この思いは、強さの違いこそあれ、全員に共通していたように思います。鉄鋼業の最大の魅力はやはりダイナミックな製造現場にあります。ですから、学生の皆さん、特に女子学生の皆さんには是非機会を見つけて製鐵所の見学に来て頂きたいものです。また近年、内閣府をはじめとし、理系を選択した女子学生を応援するための多様なプロジェクトが展開されていますが、鉄鋼協会にもぜひこのようなプロジェクトには積極的に参加していただき、鉄という素材の魅力、ものづくりの魅力をアピールしていただければと願っております。
こうして極めて単純な理由で鉄鋼会社に入って早10年以上が過ぎてしまいました。入社後2年間、自動車用アルミニウム合金の開発を担当し、それ以降は主に集合組織(多結晶材の結晶方位配向性)制御という切り口で自動車用鋼板の研究開発業務に従事しています。居室で仕事をしているとよく、パーティッション越しに上司であるT主幹研究員の“組織は嘘をつかないから”という口癖が聞こえてきます。鋼は複雑な製造工程を経た後に実に様々な表情のミクロ組織・集合組織を見せてくれます。冷延されても、高温で焼鈍されて変態しても、どこかに昔熱延された時の思い出を引きずってしまい、それが正直に組織に反映され、材質も変化してしまう、そんな昔を忘れない律儀さが鉄鋼材料の難しいところであり、かつ魅力的なところです。集合組織を制御することで機能性を付与した鋼鈑として、自動車用鋼鈑分野では深絞り用極低炭素鋼鈑がその代表ですが、私もいつか集合組織制御をメインにした新しい高機能性鋼鈑を世に送り出すことを最大の課題・目標としています。
目標は高く、しかし実際の私は、小学生と保育園児の二人の娘を抱える母でもあり、いつもばたばたと時間に追われ、その日その日をなんとかやりくりしているのが現実です。研究という仕事も、家庭の事も、自分の裁量の中である程度ペース配分ができる反面、この日にここまでやれば終わりというはっきりとした区切りもありませんから、常に何かをやり残している焦燥感にかられます。それでもやはりどちらも私という人間を構成する上で欠くことのできない、かつ分かちがたいパーツです。(本当のところは元来怠け者なのでどちらかをやめても(子育てはやめられませんが)、今とあまりペースが変わらなそうで怖いというのが正直なところかもしれませんが…)
子供が生まれたときには二回とも希望通りの期間、育児休業を頂きましたが、本当に楽しい経験で、心から満喫することができました。小さな子供の世話は体力的にも大変ですし、外にも自由に出かけられず、社会と断絶されたような気分にもなります。しかし私の場合、限られた時間で仕事に復帰するので、この子達とずっと一緒にいられるのは今だけという思いがある分、不自由さも寝不足もあまり苦にならず、前向きな気持ちで育児を楽しむことができたように思います。休業明けには元の職場に戻ることが決まっており、復帰後の仕事面の不安が少なかったことも、育児に専念できた大きな要因でした。育児休業が終わり、初めて娘を保育園に預けて会社に来た日は寂しい気持ちでいっぱいでしたが、その反面、自分の時間を持てることに新鮮な喜びを感じたことを憶えています。
子供は日々成長し、子育ての中身も年を追って変わっていきます。復職したときのフレッシュな気持ちも煩雑な日々の生活の中に往々にして埋もれそうにもなります。まだまだ暗中模索の日々は続きそうですが、限られた時間の中でもできるだけメリハリをつけて、仕事と育児の両方を楽しんでいけたらと思っています。いつもお世話になっている職場の皆様、そして高い家事能力を兼ね備えた頼もしいパートナーに改めて感謝しつつ。
職場にて
(2006年11月2日受付)
「ふぇらむvol.12 No,2掲載」