平成25年度 俵論文賞、澤村論文賞 受賞決定のお知らせ

 2012年の「鉄と鋼」、「ISIJ International」に掲載された論文を対象に選考し、平成25年度論文賞の受賞論文が次のとおり決定いたしました。
 ※受賞者の写真は、「ふぇらむ」Vol.18,No.11に掲載いたします。

俵論文賞(4件)

粒子配置を考慮した充填層の熱物質移動解析【受賞理由】
(鉄と鋼、Vol.98(2012)、No.7、pp.341-350)
夏井俊悟 君、昆竜矢 君、植田滋 君、加納純也 君、井上亮 君、有山達郎 君(東北大)、埜上洋 君(室蘭工大)
 CO2問題と高効率化の観点から、大型高炉での低還元材比操業は我が国の高炉操業の最優先課題であり、コークスの混合装入技術や高反応性コークスの使用技術ほかが提案されている。実高炉解析においてこれらの効果をマクロ的に把握することは可能であるが、炉内現象の厳密な解釈は困難であり、数式モデルによる解析が一般的に有効である。しかし、高炉内の固相反応率分布はコークス・鉱石層により隔てられ、固有の不連続性を示すため、従来の連続体シミュレーション方法による導出では、炉内現象の厳密な解析が困難であった。
 本研究では、充填層を構成する個々の粒子単位の熱物質移動現象の積み上げからガス流れ、温度分布、反応率分布を予測する新たな解析手法を提案、構築している。DEM-CFDモデルをベースに個々の粒子に反応率、層内の伝熱機構を全て考慮した、独自かつ精緻な離散型モデルの提案である。これにより粒子単位の不連続な熱物質移動現象解析が可能になり、ガス流れ・伝熱に及ぼす層状装入、混合装入など任意の層構造の影響の解析が可能になった。本研究では、連続体モデルでは得られなかった粒子単位の反応と伝熱の相互作用など新たな知見も得られており、低炭素高炉の操業設計などへの工業的な波及効果が期待される。学術的にも新しい計算手法の提示を含むなど優れた論文であると思われ、俵論文賞に値する論文である。

破壊力学に基づいた高強度熱延鋼板の打ち抜き穴広げ性支配要因の考察【受賞理由】
(鉄と鋼、Vol.98(2012)、No.7、pp.378-387)
高橋雄三 君、河野治 君、田中洋一 君(新日鐵)、小原昌弘 君(日鐵テクノリサーチ)、潮田浩作 君(新日鐵)
 熱延鋼板は自動車の足回り部品等に用いられる。その軽量化を背景に高強度化が進んでいるが、高強度化に伴い、プレス成形段階で打ち抜き時の加工端面に割れが生じやすくなり、その抑制が不可欠の課題である。 
 割れ発生のしやすさは打ち抜き穴広げ性と呼ばれる。本論文では打ち抜き穴広げ性が本質的には打ち抜き端面でのき裂の発生・進展挙動に依存すると考え、従来の研究では例がない破壊力学的な手法・視点からそのメカニズムを解明した。即ち、酸化着色法を用いたき裂進展挙動の精細な評価や、機械切り欠き付き三点曲げ試験による破壊力学的な素材特性評価を通じ、打ち抜き端面の塑性歪勾配を考慮した非線形破壊力学に基づくき裂進展モデルを提案した。そして、従来から知られていた諸々の打ち抜き穴広げ性への影響因子を相互矛盾なく統一的に説明した。更に、き裂進展抵抗の増加と打ち抜き端面の塑性歪の低減により不安定き裂を抑制できるという指針を得た。その指針は材料開発や端面加工技術開発において幅広く利用できると考えられる。
 本論文は上記のように産業上極めて有用であり、また、学術的には高強度鋼板のプレス成形性における破壊力学的なアプローチの重要性を初めて指摘し実証した。したがって、本論文は俵論文賞に値する論文であると評価できる。

粒状原料のバーナー加熱添加による燃焼熱の溶鉄への着熱挙動【受賞理由】
(鉄と鋼、Vol.98(2012)、No.12、pp.627-633)
奥山悟郎 君、小笠原太 君、内田祐一 君、岸本康夫 君、三木祐司 君(JFEスチール) 転炉型溶融還元炉では、熱供給量増加を目的に高二次燃焼技術の開発が多く実施されてきた。しかし、二次燃焼熱はスラグ・メタルへの着熱効率が低く、耐火物溶損を助長する問題があった。この問題を解決するために、本研究では熱源としてバーナーを利用し、バーナー火炎を介して粒状原料を添加し、燃焼熱のスラグ・メタルへの伝熱機構を変化させて着熱効率の向上を図ることが着想された。4トン規模の実験により、粒状原料のバーナー火炎添加法による着熱量向上効果が検証され、数値計算によって伝熱機構に関する加熱粒子の寄与が定量的に解析された。その結果、火炎を介して添加された粒状原料がバーナー燃焼熱の伝熱媒体として機能するという、新しい伝熱機構による効率的な熱供給方法と、加熱添加する原料の量による着熱量の制御性が明確に示された。また、本研究で見出された熱供給の原理は、省エネルギー・省CO2の観点から、溶融還元炉だけでなく通常の転炉や二次精錬など、様々な高温プロセスへの適用の発展性が期待される。本論文は、伝熱機構変更による着熱効率向上方法の着想に独創性があり、実験と解析により原理が証明され工業的な価値があるので、俵論文賞にふさわしい論文と評価された。

フェライト鋼へのNi添加に伴う転位易動度の変化と脆性—延性遷移挙動【受賞理由】
(鉄と鋼、Vol.98(2012)、No.12、pp.667-674)
前野圭輝 君、田中將己 君(九大)、吉村信幸 君、白幡浩幸 君、潮田浩作 君(新日鐵)、東田賢二 君(九大)
 本論文は,これまでにBCC金属単結晶やシリコン単結晶を用いて構築されていた転位論を基盤とした脆性—延性遷移理論を,新たに鉄鋼材料に展開し,Ni添加によるフェライト鋼の低温靭性改善のメカニズムを明らかにしたもので,高い新規性とオリジナリティーが認められる.Ni以外の添加元素の影響を排除するため,Ti添加極低炭素Fe-Ni2元系合金を用い,微妙な粒径差に起因するBDT温度の変化を考慮してもNi添加によるBDT温度の低下は説明できないことを明確に示した。その上で,耐力,弾性限,有効応力,活性化体積の温度依存性を77K〜室温の範囲で精緻に測定し,これらのデータを基に,転位運動を律速するキンク対生成エネルギーがNi添加に伴い低下するという考えを導き出している。さらに,転位易動度の上昇が脆性—延性遷移温度低下を引き起こすことを転位動力学計算により示し,Ni添加による低温靭性改善のメカニズムの根源が転位易動度の上昇にあることを示した。
 以上,本論文は,脆性—延性遷移挙動に与える添加元素の影響を,転位論を基盤として明確に理解出来ることを示しただけでなく,フェライト鋼における組織と破壊靭性に関する理論構築が今後大きく進展することを期待させるものである。これらのことから,本論文は俵論文賞に値する論文であると評価できる。


澤村論文賞(4件)


Feasibility of solid-state steelmaking from cast iron -Decarburization of rapidly solidified cast iron-【受賞理由】
(ISIJ International、Vol.52(2012)、No.1、pp. 26-34)
Ji-Ook Park, Tran Van Long, 佐々木康 君(POSTECH)
 現行製鋼法では介在物の生成が不可避であり、その除去に多大の努力がなされている。本論文では高炭素溶鉄の平衡酸素濃度が数ppm以下であること、および固体鉄中への酸素の溶解がほとんど無視できることに着目し、ストリップキャスターを用いて高炭素溶鉄を脱炭することなく直接鋳鉄薄板を製造し、得られた薄板を連続的に脱炭することにより、介在物を含まない低炭素普通鋼の薄板製造を行う、従来原理と根本的に異なる新しい製鋼プロセス「直接固相製鋼法(S3プロセス)」を提案した。さらに、主要技術要素となるセメンタイト共存高炭素γ相薄板の脱炭速度について検討し、セメンタイトがオーステナイトと炭素に分解する反応は極めて速く、オーステナイトの炭素濃度はセメンタイトと常に平衡しており、脱炭反応における律速過程は脱炭で生じたγ相中の炭素の拡散であることを明らかにした。
 本論文は、今後の環境・エネルギー問題に対応可能な新しい製鋼プロセス原理の基礎的な検証だけでなく、従来あまり研究が行われていない高炭素領域における鉄鋼の冶金反応挙動やレデブライト共晶相の高温変形特性の評価など、新たな研究領域と関連する鉄鋼技術分野発展の可能性も示しており、学術的かつ工業的に高く評価でき、澤村論文賞にふさわしいと判断できる。

Enhanced lattice defect formation associated with hydrogen and hydrogen embrittlement under elastic stress of a tempered martensitic steel【受賞理由】
(ISIJ International、Vol.52(2012)、No.2、pp. 198-207)
土信田知樹 君、鈴木啓史 君、高井健一 君(上智大)、大島永康 君(産総研)、平出哲也 君(原子力研究開発機構)
 鋼の水素脆性機構についてはまだ幅広いコンセンサスは得られていない,その主な理由は水素の挙動における実験的な困難さにある。本論文は巧妙な実験によって高強度鋼の遅れ破壊試験中に生じる鋼中の欠陥生成を検出し,それが破壊特性を支配することを示している。
 主な結果は,① 定荷重遅れ破壊試験中の原子空孔生成とクラスター化を,水素をプローブとした手法とともに,陽電子マイクロプローブアナライザーを用いて初めて明らかにした。とくに局所情報として破断部近傍でサイズの大きい空孔クラスターが多量に生成することを見出した。そして② 定荷重保持状態で生成する空孔性欠陥が鋼の延性低下をもたらすことを,定荷重試験中に脱水素及び低温焼鈍しを行う実験によって示し,さらに上記の結果とともに③ 破面形態及び格子欠陥生成の応力レベル依存性の測定から,マクロ的には弾性応力域で定荷重遅れ破壊を起こす場合でも塑性変形の関与があることを明らかにした。
 これらの結果は高強度鋼の遅れ破壊がマクロ的には弾性応力域でも塑性歪みで誘起される空孔性欠陥に起因することを明快に示し,高強度鋼の遅れ破壊機構に関して学術的に画期的な意義を持つとともに,工学的には耐水素脆化特性に優れた材料開発の指針を与える価値の高いものである。澤村論文賞にふさわしい論文であると判断できる。

Effects of ferrite growth rate on interphase boundary precipitation in V microalloyed steels【受賞理由】
(ISIJ International、Vol.52(2012)、No.4、pp. 616-625)
村上俊夫 君、畑野等 君(神鋼)、宮本吾郎 君、古原忠 君(東北大)
 フェライト変態中のオーステナイト/フェライト異相界面において微細析出物が析出する相界面析出では、微細析出物が列状に現れる特徴的な組織を伴う。この微細析出物により鋼材の強度-延性バランスや加工性が上昇する事が知られており、様々な鋼種で利用されている。実用の観点からこの微細析出物のサイズや間隔などの予測を行うために相界面析出機構と速度論に関するモデルがいくつか提唱されている。しかし、これらのモデルはフェライトの成長速度との関係について十分な議論を行っていない。
 本論文では相界面析出物VCの生成条件を変えた複数の試料を用い、フェライト内の場所ごとに析出物列の間隔を定量的に測定し、その結果を基に従来の相界面析出モデルの比較を行い、各モデルの妥当性を検証している。この研究により初めて相界面析出挙動に対して異相界面の移動速度が影響をおよぼすことを実験的に示した。また、この現象は従来のモデルでは説明できないことから、移動する異相界面上で非定常的にVの偏析が発展することと異相界面上でのVCの析出速度のバランスで相界面析出が形成されるという独自のモデルを本論文で提唱した。本論文は、相界面析出の新たなモデルを提唱するなど学術的に優れているだけでなく、相界面析出による組織制御の指針を与える工学的にも価値の高い研究である。

Effect of agitation on crystallization behavior of CaO–SiO2–R2O (R = Li, Na, or K) system characterized by electrical capacitance measurement【受賞理由】
(ISIJ International、Vol.52(2012)、No.12、pp. 2123-2129)
齊藤敬高 君、草田翔 君、助永壮平 君(九大)、太田能生 君(福岡工大)、中島邦彦 君(九大)
 本論文ではモールドフラックス等、過冷却状態・撹拌場で使用される酸化物融体の結晶化挙動に関して、先駆的かつ学術的・産業的に重要な知見が述べられている。まず最初に、酸化物融体と固体結晶の誘電率・電気容量の違いを利用した結晶化挙動の検出を比較的簡便な手法によって実現している点である。連鋳機を模擬した連続冷却過程において、CaO•SiO2系フラックスの過冷却状態からの結晶晶出を電気容量の急激な低下によって検出しており、これまで急冷試料のSEM•XRD解析やホットサーモカップル法等、多大な労力が必要であった類似研究に比較して、非常に簡便で精度の良い結晶化挙動の観察手法であることから、多種多様な連鋳フラックスの開発に利用される可能性が高い。さらに、回転機構を備えた円筒電極系によって、過冷却酸化物融体の結晶化挙動に及ぼす撹拌の影響を世界で初めて解明している。著者らはCaO•SiO2系融体に撹拌を与えることによって結晶化が促進されることを明示しているが、これは従来の手法では得ることが不可能であり、また静止状態で用いられることがほぼ皆無である連鋳フラックスの結晶化挙動を理解し、関連する高温プロセスを最適化する上において極めて重要かつ有用な知見である。以上のように本論文は学術的、工業的に非常に高く評価できる。


ギマラエス賞(該当なし)